大正時代の末、ほたる通り商店街(旧駅前本通商店街)の中央部を流れる河川にほたるの乱舞が見られた。その河川の少し上流にほたる橋があり、大人、子供を問わず県外からも、ほたるを見にくる多くの見物客でにぎわっていた。
そんな中、病に苦しむお年寄りの一行が、市街地で生息するほたるを見たいと思い、この地を訪れ、美しいほたるの光をかいまみながら、商店街を歩いていた所 清らかな水が湧き出ているのを見つけました。この水をお年寄りの一行が飲んでみたところ清らかに病を忘れ去り、お年寄りのご一行がすこぶる元気になって帰っていきました。
そんな出来事を不思議に思い、ある子供が、なぜ病気が治るのか?
調べてみる事にしました。その結果ほたる通り商店街の地下には、愛情いっぱいの清らかな清水が流れている事が判明しました。この清らかな水のおかげで病が回復する事がわかりました。
(今もなおほたる通り商店街の地下には、清水が流れています)
このほど、ほたる通り商店街が、この街を訪れる人々に感謝の意を表す一つとして、ほたる地蔵を製作しました。
ほたる地蔵はほたる通り商店街を訪れる人々の健康を今も願ってくれており、ほたるの珠を触ることにより、健康ですごせるようになったと人々の間で話題になっております。








国鉄開通60周年
昭和44年頃の守山駅
昭和45年の守山駅前
守山駅ができて今年で72年を迎えました。
駅の創立当時と今では、相当な変革があります。
明治22年7月1日、大津・長浜間に鉄道が開通したころ、
守山駅は残念ながら抜けておりました。
そして明治45年3月23日、ついに守山駅が完成しました。
それから月日が経て、昭和62年4月6日、ホタル通りが開通しました。「ホタルどおり」は県の公募による名称で、滋賀県が「うるおいの街・道」構想のもとに、県下で初めて実施した“市民・消費者が楽しみながら買い物したりくつろいだりできる歩行者専用道路”であります。

ほたる問屋 石秀
ほたる問屋 桜井屋
ほたるは当初商売の対象ではなかったのですが、明治10年ごろからは観光客への土産物としてホタルを渡していました。
その後、明治25年頃から守山のホタルを捕らえ、縁日等で売り始めようになりました。その後、守山にもホタル商人が誕生。
明治33年頃からは売れ行きがよくなり、本格的な商売として成り立ちました。明治35〜36年頃からは捕獲専門業者が現れ、
ホタル商人は次第に組織化され、ついにはホタル問屋までできました。
ホタル問屋は普段は他の商売をしていましたが、季節には捕獲専門業者の他、近隣町村の人々もホタルを集め、問屋内ではホタルの発着や計算などを行っていました。ホタルは全国にわたり販売され、
京阪神を中心に、北海道、朝鮮、満州からも注文があったといいます。

駅前商店街の歴史は、守山川(通称)に生息する
「源氏ボタル」と「ホタル祭り」
を起源として始まっています。
昭和36年頃の「ほたる祭り」
